チョイスジャパンには、「しあわせ活動」と呼んでいる取り組みがあります。大それたことはできませんが、商品づくりや販売を通じて出会えたご縁を、できるかたちで地域へお返ししていきたい。その一つが、災害が起きたときの物資支援です。
2026年7月、熊本を大きな地震が襲いました。私たちは下関から車を走らせ、シリカシリカの水を積んで、宇城市と氷川町へ向かいました。
震災のたび、私たちが熊本へ向かう理由
2016年の益城町の地震、2020年の人吉水害、そして今回の令和8年熊本地震。熊本で災害が起きるたびに、私たちは物資を積んで現地へ向かってきました。特別なことではありません。
ご縁のある土地が困っているのなら、できることをしたい。ただそれだけのことです。
ただし、被災地はいつも「私たちだけの判断」では動けない場所です。今回もそうでした。
最大震度7を観測した宇城市・氷川町では、路面がところどころ持ち上がり、ひび割れ、まっすぐには進めない道が広がっていました。高速道路にも段差ができていました。地元を知らない人間が地図だけを頼りに動けば、それ自体が二次災害の火種になりかねません。

▲ 被災地の夜の道 ― 段差や陥没が続いていた
地元の方が、動きの中心にいる
だから毎回、私たちは地元で日々動いている方の判断に沿って動きます。今回、その中心にいてくださったのは、元サッカー日本代表・巻誠一郎さんでした。宇城市小川町のご出身で、益城のときも、人吉のときも、私たちが物資を運ぶ先には必ず巻さんの姿がありました。
拠点では、巻さんと長く動いてこられた災害NGO結の前原さんも合流してくださいました。
「どの避難所に、何が、どれだけ足りないのか」は、毎日現地を歩いている方にしか本当のところは見えません。私たちの役割は、その方たちの見立てに沿って、必要な数を、必要な場所へ、静かに運ぶこと。それだけです。
今回、届けたもの
積んだのは、シリカシリカの水を500mlで約7,000本、ケース数で300ケース。
あわせて、袋を開ければそのまま口にできるラーメンやドライフルーツも一緒に載せました。水を最優先にしたのは、避難所の暮らしのいちばんそばに置かれるものが水だからです。

▲ 熊本へ向けて積み込んだ水
支援する側とされる側の、線が消えた
拠点に着いてトラックの後ろを開け、箱を一つずつ地面に下ろし始めたときのことです。気づくと、私たちの手元に別の手が伸びていました。避難所を出入りされていた地元の方、市の職員の方でした。いちばん大変なはずの方たちが、私たちと一緒に箱を運んでくださる。支援する側とされる側の線が、すっと消えた瞬間でした。
「ありがとうね、ありがとうね。本当に助かるわ」
「気を付けて帰ってね」
むしろ、たくさんの言葉と気持ちを、私たちのほうがいただいて帰ることになりました。

▲ 拠点で、みんなで水を手渡ししていく
「必要な分を、必要な場所へ」を、10年かけて積み上げた人
避難所で必要なものは、朝と夜でも変わります。3日目と1週間目でも変わります。
巻さんはその「変化する必要」を毎日追いかけながら、必要な分だけを必要なところへ流す仕組みを、益城のとき、人吉のとき、そして今回と、10年以上かけて地道に整えてこられた方です。私たちが今回運んだ水も、その仕組みという一本の川に、そっと注がせていただいた一杯でした。

▲ 避難所に届いた水
巻さんは今回、必要なときに必要な分を届けるための「災害支援寄付金」の受付を始めています。支援の形をお考えの方は、巻誠一郎さんの発信をご覧ください。
しあわせ活動の一つとして、これからも
いま宇城市・氷川町では、たくさんの方が我が家を失い、先の見通せない毎日を過ごされています。時間はかかっても、少しずつ、いつもの朝と夜が戻っていきますように。

▲ 被災地をまわる途中、日が暮れていきました
私たちにできるのは、いつも小さなことばかりです。それでも、その小さな積み重ねが、また次のご縁につながっていくと信じて。チョイスジャパンは、保護猫の譲渡会、スポーツ応援、フードバンク、災害物資支援。しあわせ活動の一つひとつを、これからも静かに続けていきます。
